3.書評、考察 タバコ、酒、バーなどの様々な大人の世界に挑戦するもことごとく挫折を味わう少年。 [ad co-1] 楽天で購入 ここからは「ライ麦畑でつかまえて」の物語の中で、特に重要な部分にスポットライトを当ててみましょう。 野崎訳と村上春樹訳、これは結構好みが分かれ、野崎訳は長年「ライ麦」と言えば「これ」という代表だったので、この作品のホールデンの語り口のドライブ感が、ホールデンらしさ、ライ麦らしさとして浸透しているのではないでしょうか。
13ニューヨークでは酒や女遊びに没頭しますが、ホールデンの気持ちは満たされません。
村上春樹の文学というべき世界が翻訳でも構築されていて、翻訳者の筆の運びの速さ、軽快さが伝わってきます。
うんざりしたホールデンは挨拶もそこそこに、寮に戻ります。
村上訳のライ麦は、僕が本を読み始めたきっかけになった本で、すごく好きな本です。
ですが、彼が近づいた人物は、ことごとくホールデンの期待を裏切ります。
…話が逸れました。
この本のすごい点は、大人に対して強い反感を持っているにも関わらず、どこか大人に憧れて真似してしまうという複雑かつ屈折した思春期の心理と苦悩を見事に描き切っているところだと思います。
私も『ライ麦畑のミステリー』読みました。
10歳のフィービーは、以前に、ホールデンの厭世的な態度に気づいて、こう尋ねたことがあります。
ホールデンは、目先の利益と無関係に生きている者たちの世界に希望を見出し、自分もそこの住人になりたいと考えます。 そういうのがきみに合わないのでは?. 作家を志す20歳のサリンジャーは編集者バーネットと出会い短編を書き始める。
3最後の最後に彼は、他人のいる大きな世界(社会)に目を向けるのではなく、もっと身近なところに目を向ける大事さに気付いたのでした。 もっと切実な問題があると思います。
出典は失念しましたが、村上春樹氏がどこかで好きな小説としてキャッチャー・イン・ザ・ライ、グレートギャツビー、白鯨の3つをあげていたはずです(ニューヨークが舞台の、という前提だったかもしれません)。
ホールデンは、嘘やずるいことが嫌いなだけで、本心では人が好きなので、人を求め続けていたのです。
肉体的には問題はないものの、 この時点で、サリンジャーの精神システムは、多かれ少なかれ 通常社会や集団には戻れない困難さを呈していたようです。
一日じゅう、それだけをやればいいんだな。 実際、同年代の作家で『誰がために鐘は鳴る』の作者であるヘミングウェイとも、パリで面会しています。
14そのうちに雨が降り出し、雨の中、回転木馬に乗る彼女を見ていたホールデンは、彼女の姿に救いと強い幸福感を見出します。
こういう抽象的な事はあまり難しく考えるとそれこそ分からなくなりますよ。
気がめいったホールデンは学校を追い出される前に自分からここを出て行くことを決める。
「」って誤訳らしいですね。
この自意識過剰さの描写は読者の心を掴んだのは確かです。
この辺りのことは、サリンジャーの伝記映画『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』で詳しく描かれているので、『ライ麦畑でつかまえて』を読んだあとは、もしよかったら映画のほうも観てみるとよいかもしれません。
ホールデンが唯一心を許せる相手。
肉体的には問題はないものの、 この時点で、サリンジャーの精神システムは、多かれ少なかれ 通常社会や集団には戻れない困難さを呈していたようです。
私は彼の行く末がそんなものであるような気がしてなりません。
アッシュは崖から落ちた子供 畑で崖から落ちるということは、折り合いをつけること考える。 妹のフィービーは不良の兄とは違い、10歳にしては大人びた言動で頭のよさがうかがえます。
11僕は別のことを考えてたんだ。 その後、寮に戻り、隣の部屋に住むにきびだらけの男 アックリーや、ルームメイトの ストラドレイターと会話し、ストラドレイターから作文の宿題の代筆を頼まれる。
ホールデンは、ウソを憎み真実を愛する性格であると言っても、ただの正直者ではありませんでした。
ちなみに、題名は「」ですが、畑が舞台になることはなく、実際の舞台はニューヨークです。
ペンシルベニア州にある全寮制のペンシー高校に在籍しています。