人間は出会った瞬間、 ものすごいスピードで相手の評価をしています。
私の独身時代、結婚した友人Aから4年くらい続けて年賀状をもらっていたのに、なんか面倒?でずっと出してませんでした。
気に病んでも相手はその時別のことを考えているんでしょうから気に病むだけもったいないですよ。
ユーザーID: 5042032995• 親しい人には出さないという人は確かにまわりにもいます。
顔が見えにくい・声がわかりにくいことは、安全かどうかが確認しにくい状態• まとめると、• ユーザーID: 5114163592• と、自分にも言い聞かせています。 それをしないのは礼儀を知らないか礼を失っても構わないくらい私との関係は切ってOKの関係だったのだ」という思いが絡み合ってしまって。 今回のテーマは 「人間の外見に内面性が100%出る!?」というお話です。
5簡単なことではありませんが、「お互いさま」の心を持ち、• 年賀状もだんだん廃れてきてますし、年賀状に対する考え方や価値観のバラつきが出てきていると思います。 これらは整形手術を受けても、 ダイエットをしても変わりません。
側頭葉は、顔の表情や声の抑揚、身振りを解釈します。
それが嫌で、かといって全員に書けるわけもないので、全員、年賀状に関しては、平等に切りました。
一つ一つ説明する必要もなく、 出会った瞬時に すべてが表れていますから、 そこで、その人の価値が判断されてしまいます。
ユーザーID: 3540101973• 91より) 「危険」を感じた人は「交感神経優位(緊張・興奮)」の状態になり、相手からの「安全の合図」を受け取れなくなる。 気にしすぎですよ。 (自分が不幸ってわけじゃないのに) 郵便局のCMで「ぼくを支える人の数」とかなんとかありましたが、年賀状でそれを悟らねばならないのはなんとも寂しい。
14向こうが友人と思っていないのだからこちらも割り切らねば馬鹿みたいだし、損だ、というような気持ちも働きます。
一般的な許容範囲があり、その中にストンと入ると 「安心する仲間」 として受け入れられます。
すっきりしているそうです。
戻ってきた年賀状にふと目が行く度になんだか悲しくなるので、いっそシュレッダーにでもかけようと手にしたものの、今度は年賀状の「お年玉当選番号」が気になってシュレッダーにもかけられない貧乏性な自分(涙)・・。
以下、本文よりいくつか抜粋します。
日常を「緊張状態で過ごす」という点においては、戦時中に近い状態とも言えるのでは……と、最近、強く思います。 第一次大戦の頃までは、世界中の男性は 感情の乱れを他人から隠すために 口ひげを生やしていました。
もし返事くれなくても年賀状もらって嫌な気する人はいないと思いますよ。
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ユーザーID: 4787570944• こうした健全な「調整サイクル」が、心と身体の健康を促進する。
可愛 彩香です。
そんなに仲の良い友人ではないのですが、それ以来15年やりとりをしています。
そして、それがその人の心身に影響するというのです。
最近、自分からは書かなくなりました。
そうでなくても、私たち日本人の生活は、普段から「パーソナルスペース」を尊重できない状況にあります。
私は親しくしていて、普段も交流のある人から、こちらが出したにも関わらず来ない場合、年明けに顔を合わせたとき、ついよそよそしくしてしまいます。
ユーザーID: 0487662194• それは認知によるものではなく、「神経系」のレベルで、今起こっている事態は安全か危険かを決定づけます。
29より) ポリヴェーガル理論では、系統発生的にもっとも新しい迷走神経の回路は、身体が「安全である」という「合図」を受け取ったときにだけ使用可能になる、と考えています。